第三食
ぼくと油淋鶏

 「はい、ごはんおかわりねー!」

 ぼくが返事をする間も無く、満面の笑みでお茶碗を持っていくおかみさん。
お腹いっぱいのぼくは、決まっていつもの笑顔で返した。

 ぼくが大学院生の頃、岐阜県で一人暮らしをしながら研究室に入り浸っていた。
とは言え世間を代表するような「見上げた学生」では無く、友達と会うために研究室に行っているような、まさに親に顔向け出来ないような学生であった。

朝、研究室に行っては好きな本を読み、映画を見てはダラダラと話す。
そんなこんなで気づいたら夕方になり、そこから重い腰を上げて少しだけ研究をする。
ここからが本領発揮!と思いきや、30分もすると「今日はどこいくー?」と、夜ご飯の場所を討論する。
これが日常であった。

 さて、大学の周りには必ずと言って良いほど、安くてボリュームのあるお店がある。
一人暮らしの貧乏学生にとって、そんな店は等しく楽園。
一日に膨大なエネルギーを消費する我々学生は、そんなお店の優しさをしこたま食べて、また明日も頑張ろうと生きづくのだった。(「明日こそは」に訂正しようと思ったが、プライドが邪魔したためこのままにしておく)

 ぼくが通っていた大学の近くにも、例によってそういったお店が数店あり、その中にぼくがお気に入りの台湾料理があった。

入るなり「どうもーいらっしゃいませー!」と大きな声。
いつも黄色のエプロン姿で笑顔を絶やさない元気なおかみさんだ。

座敷に座って、ぼくは「いつもの!」と言う。
「はいね!待っててよ!」
と返事が来て、数分待つとやってくる、油淋鶏定食。
ぼくはここの油淋鶏が大好きだ。
千切りキャベツの上に薄く衣の着いた鶏肉。
さらにその上から甘酢ダレとネギがどさっとかかっている。

 ぼくはお箸でキャベツに一切れのお肉を巻きつけ、ごはんにバウンドさせて一気に口に入れる。
甘酢のかかっていない「かりかり衣」と、甘酢のしみた「しっとり衣」が、頬張る度に食感と味の変化を与えてくれる。
さらにキャベツのみずみずしさも相まって、揚げ物特有の「食べ疲れ」が全くやってこない。

付け合わせのザーサイも箸休めとなり、ずっと飽きさせない。
これこそエンドレス油淋鶏。

もちろんこうなるとお米の消費も著しい。
米泥棒だらけの世の中でも(全く嬉しい悲鳴だ!)、この油淋鶏の泥棒っぷりには目を見張る。
お腹も張る。

そして、必ずやってくるあの時間のために、ぼくはいつもあらかじめ半分の油淋鶏を残しておこめを平らげる。

「はい、ごはんおかわりねー!」

全くもって、おかみさんの笑顔もこの泥棒さんと共犯者だ。