第四食
ぼくとトマトパスタ

「たくさん食べて強くなれっ!それが正義のヒーローの宿命だっ!」

 馬場さんはいつもそう言いながら山盛りのトマトパスタを差し出す。
20歳のぼくがいまさら「正義のヒーロー」か…。苦笑いを浮かべながらも、大きなフォークでがっつくのであった。

 何もかもが豪快な人だった。
ひと目でプロレスラーだと分かるゴツゴツとしたガタイ。
太く低くよく通る声。
そして漫画のように「ガハハ」と笑う笑い声。
髭をたくわえ、長い髪を一つに結び大股歩きで堂々と歩く姿。
某漫画に出てくる海賊王のような見た目をした、どこからどう見ても悪役のような彼が「馬場さん」。
ぼくのヒーローだ。

 馬場さんは個人でイタリアンのお店を営むシェフだ。
いつも1リットルのビールジョッキ片手に料理をしていた。
「こっしーさーん! 腹減ってるだろ?
食わしてやるからちょっと来いよー!」
電話口の音が割れるほどの大声でぼくを誘い、いつもごはんを振る舞ってくれた。

 出会った当初は怖い人、いわゆる「裏社会のドン」だと本気で思っていた。
ただこうしてごはんを食べながら話をするうち、見た目だけで判断していた自分を恥じた。

 馬場さんは、人と話すことが好きで、食べることも食べさせることも大好きで、愛妻家。
子どもにも優しく、学校帰りの子どもたちにごはんを振る舞い、一緒になってヒーローごっこをするような。そんな彼のユーモアと人情味が、ぼくは大好きだ。

本業のシェフの経歴も豪快で、料理学校を卒業後、その足で単身イタリアに向かい、飛び込みで老舗イタリアンのお店に修行させてもらったらしい。

 そんな彼は、ぼくに多くの料理哲学を教えてくれた。

「スパゲッティの元祖はトマトソース。トマトパスタこそがスパゲッティ界のヒーローだ!」

「トマトパスタ美味しいですよね! ぼくも好きです!
それにチーズとか入ってるやつとかも…」

「バカやろう! 具材はトマトだけだ! ヒーローは真っ向勝負しかしないんだよ!
ほんと爪が甘い!ヒーローまでの道のりは長いな!」

「…そうですねぇ、ぼくはヒーローにはなれないかもなー…あはは(棒読み、苦笑いをして目を逸らす)」

「よし、今日はいつもより大盛りにしてやるからもっと強くなれ!
大きく大きなれ! ガハハッ!」

「適量で! 必ず強くなりますから適量でお願いします!」

料理哲学というかもはやヒーロー哲学な気もするが、
彼にとってはどちらも同義なのだと思う。

 馬場さんが作るトマトパスタ。
くたっとしたトマトとその周りを覆うオレンジ色に乳化したソース。そこにさらに惜しみなく注がれたオリーブオイル。散りばめられたニンニクの香りが一層食欲をかき立たせる。

いつも大盛りで、食べても食べても減らない量なのに、口に運んだ直後から、次の一口を心待ちにする自分がいる。
スプーンを使って食べることを極端に嫌がる馬場さんの前で、ぼくは目一杯フォークにパスタを絡ませて口に運ぶ。
口の周りがトマトだらけになってもこの時だけは気にならない。

「やっぱりトマトパスタ最高です!」
真っ赤な口でぼくが言う。
「そうだろ! トマトパスタはヒーローだからな!」
と言いながら嬉しそうに笑う。
馬場さんのごはんの前ではいつも童心でいられた。

 彼と彼のトマトパスタは今でもぼくにとってのヒーローで、子供のように無邪気にさせてくれる。

そして今。
ぼくは、馬場さんのトマトパスタを家族に作っている。
「たくさん食べて強くなれっ! それが正義のヒーローの宿命だっ!」
そんな言葉を心に浮かべ、我が家の無邪気な食卓を守り続けていきたい。