第五食
ぼくとみかん

「魔王倒しに行くぞー、アイテム持ったかー」

 夜ごはんを食べ終えた父がそう言うと、伸びをしながらそそくさと歩いていく。
ぼくと弟は「待ってました!」とばかりに立ち上がり、2階に向かう父の後を追った。

 ぼくが小学生になったちょうどその頃、巷ではゲームボーイやプレイステーションの全盛期で、子どもも大人も関係なく皆が夢中になっていた。 例によってぼくと弟も、誕生日にゲームボーイを買ってもらった。
最初に買ってもらったゲームは「ポケットモンスター緑」だ。
弟は赤バージョンで、二人で一つのゲームボーイ本体を奪い合いながら楽しんだ。
しかし、同時に我が家では『鉄の掟』なるものが課せられることとなった。
我が家の『鉄の掟』。

― ゲームは週に30分 ―

今思うと想像を絶する掟であるが、この件について話し出すと長くなるので割愛させていただく。

 ともかく、この『鉄の掟』によりポケモンのクリアは遠のき、ただひたすら説明書を読んだり攻略本を読みながら、ゲームのことを妄想する日々を過ごしていた。(これはこれで面白かったし、想像力も養えたと思う)

そんなぼくと弟が抱えるゲームへの悶々とした想いを断ち切るべく、我が家に一人の勇者が現れた。

それが父だ。

ぼくらがゲームボーイを始めた時期に、父もスーパーファミコンを始めていた。
ゲームはドラゴンクエスト6。勇者が冒険しながら世界を救うRPGだ。

 父は一般的な会社員で、平日は帰りが遅かったため、大体週末に冒険に出かけた。
さらに、年末年始などの大型連休は絶好の冒険シーズンだった。
ぼくらは皆でこたつに入り、むさぼるように画面に向かい、冒険をした。
次々とモンスターが出てくるドキドキ感、何が起こるかわからない異世界でのストーリー。
ぼくらが説明書を読みながら妄想した世界の、何百倍も広大な未知の世界への冒険は、とても刺激的で興奮の連続だった。

 そしてそんな興奮で火照った身体を癒すため、こたつの真ん中に置かれたみかん。

少し酸っぱくて水分も豊富なみかんによって、 HPも喉の渇きも同時に回復する。 ぼくらの冒険において大事なアイテムだった。

 冒険には、皮が柔らかくむきやすいみかんが最適である。
コントローラーを扱う手は汚したくないため、皮と実の間に少し空気の入ったような、オーバーサイズの服を着た子供のようなみかんが良い。断然むきやすい。
なおタネもできれば無い方が良いがそこまで贅沢は言わない。

もちろん薄皮もむくことはなく、外側の皮のみ剥いた、少し白みがかったみかんを片手で持ち、2,3回くらいに分けて豪快に齧り付く。少しくらい果汁が服に垂れても気にしない。 これが冒険者の食べ方。

 今でもみかんはこの「冒険者食い」で食べる。おかげで妻が食べ始める前に2個くらい食べ終わってしまう。(妻は薄皮まで剥く、お嬢様スタイル)

ぼくが甘いみかんより少し酸っぱいみかんが好きなのは、きっとこの想い出のせいだろうと思う。
ぼくにとっての「甘酸っぱい想い出」。

「魔王倒しに行くぞー、アイテム持ったかー」
ぼくはみかん、弟はビールを持っていく。
父が勇者で、弟は僧侶でぼくは魔法使い。
2階に向かうぼくら親子はさながらそんな気分だ。